2018/03/26 21:19


 
移ろう夕景に旅への憧憬の念を抱きながら、ふと気を許すとカモメの鳴き声があの寒い港町を思い出させる。空は少し曇っていて、時折差す光の筋が美しかったあの町を。




いつも手が込んでいる招待状は、よく見ると乗船券になっていた。さっそく目を閉じて行き先を想像する。ショーが始まるにはまだ20分ほどあるので、配られたホットワインをちびちびと飲みながら、船上レストランの甲板で開始を告げる照明が点くのをじっと待つ。目の前にはきらきらひかるビル群。ここは日本の埋立地。
 


5-knot(ファイブノット)は毎シーズン、デザイナー自身が旅で巡った土地をテーマに選ぶ。今シーズンはどの国のどんな街だろう?と想像させてくれるのも、このブランドの大好きなところ。「ファッションはリアリティとエモーション」をモットーにする私にとって、「確かな輪郭を見せつつ想像の余白を残してくれる服」はこれ以上ないほど肌にも心にもしっくりくる。



 


 



すっかり夜景に変わる頃、ショーはスタートする。今回の旅先はポルトガル・オビドス。白い壁によく映える、家々の輪郭を縁取るように施された鮮やかな青と黄色のペイント。城壁に囲まれた色彩豊かな古都は、オレンジの屋根と不揃いの石畳で訪れるものを中世に誘う優しい雰囲気をもつ。


 

 

 

 


 

そんな歴史が凝縮されたような町でも、 時が止まるわけではない。オレンジは冴えたペンキの色やナイロンのスカートに、植物柄が特徴的なポルトガルの建築「マヌエル様式」や伝統的なタイル「アズレージョ」は5-knotが得意とするオリジナル柄へと姿を変える。葡萄も、兎も、魚も、今この瞬間はどんな生き物だって布の中へと姿を潜めてしまうのだ。
 



BGMに重ねるように聞こえる間抜けなカモメの鳴き声。「そこで何が行われてるかなんて知ったこっちゃないよ」とでも言うように自由に鳴くカモメに、目の前の彼女たちが重なる。
 


チュールの上に果実の刺繍が施された甲冑のようなスカート、大きく落書きするようにオレンジのペイントが施されたされたデニム。小さな町を駆け抜け盗んでいった全ての色柄を、身につけるものにぎゅっと詰め込んだ。

 

 


もしこの小さな街にファッションギャングがいたら、それはきっと彼女たちだろう。「さぁ次の標的は?」鼻歌をうたいながら今日も彩の先へと飛んでいく。



 

text. Azu Satoh


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